映画「人魚の眠る家」人の死が選べるとしたら、人は何を選択するのか?脳死、心臓死、臓器移植、テクノロジーに翻弄される家族の切ない物語。

映画、観ました。

「人魚の眠る家」

東野圭吾さんの人気作の映画化。最愛の娘が事故で脳死判定を受ける。それを受け入れられない母(篠原涼子)。様々な葛藤の末、人間の筋肉を外部から動かす最新技術により、眠り続ける娘を動かし始める……。
眠り続ける娘の周りで起こる人間模様を描きながら、人の死とは何かを炙り出す。日本では、脳死と心臓死がある意味選べる独自の制度を取っている。選べるということは葛藤も生み出すわけで、それを上手くストーリーに織り込み、描いている。その制度を盾に取り、事件を起こす母親が切なく、その時発する「人は二度死なない」という言葉が制度の隙間をも示唆しており、深い。また、そこに臓器移植、技術の進歩を加味することで、人がどこまで生死をコントロールするべきかという問いも織り込んでおり、考えさせられる。小さな伏線から、大きな伏線まで、様々な伏線が織り込まれていて、もはや名人芸と感嘆する。終わらせ方が難しいかもなと、感じていたが、ビックリするほど、上手く着地させていて、後味も良い。東野圭吾さんには感服する。
映画としても良い出来で、篠原涼子さんは特に良かった。
勝手な評価:⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️(重いテーマだが、後味が良い)

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