映画「ブランカとギター弾き」 何かを得ようとして、何かを失ってないか…資本主義の片隅の現実と希望

映画、観ました。

「ブランカとギター弾き」

フィリピンのスラム街で、親に捨てられ、一人で生きている少女、ブランカ。物乞いと、スリで集めたお金で生計を立てている。ある日、盲目のギター弾きと仲良くなる。都会で弾き語れば、儲かるという話を信じたブランカは、ギター弾きを説得し、二人で都会に向かう…
都会での顛末を描く。根底には、お金、欲望についての疑問が流れている。ブランカには、お金で母親を買うという歪んだ目的もある。また、ほとんど全ての登場人物は、お金を儲けることと、貧困から抜け出ることしか考えておらず、そのためには他人を利用することしか考えていない。恐らく、絶対的貧困状態では、他人のことなど構っていられないのだろうが、その現実に改めて愕然とする。資本主義の底辺がそこにはある。そこでは友愛など綺麗事だ。話の中でチラッと出てくる孤児院の子供たちも、里親に気に入られることが目下の関心事。その姿は、市場で買われる野菜などと変わらない。どれだけ良く見せて、取り上げてもらうかに、全てがかかっている。生き残ることに、なりふり構わない人々を見ていて、生きるって何か辛いなと感じてしまった。なんだかんだ言っても日本は豊かなんだろう。
そんな中、唯一救われるのが、ギター弾きの老人だ。お金を取られても、朝飯代だけは残しといてくれと泥棒に言うなど、多くを求めない。人々の善意で生かされていることを知っており、他人に優しい。お金を求めて、人間性を無くしていく周囲と対照的だ。先進国でも似たような状況だが、絶対的貧困状態では、強いものは他人を利用する側に回る。優しい心持つものは、弱いものだけだ。優しい心の弱きものが生きられる世界が来て欲しいと願うばかり。なんか無力感も感じる。映画としては、そんな中でも救いはあるという展開になっている。
ギター弾きの老人が素敵。そして、最後のシーンが秀逸。日本人の監督が撮っているのも凄い。スラムに入り込んで関係を作っていったらしい。
勝手な評価:⭐️⭐️⭐️⭐️(人間ってどうあるべき?)

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