映画「彼女の人生は間違いじゃない」 生と性、そして自然の二面性。生きることの陰と陽を描いた秀作

映画観ました。

「彼女の人生は間違いじゃない」

福島の帰宅困難地域が故郷の女性(20代)が主人公(瀧内公美)。母は津波で行方不明で、父(光石研)と仮設住宅で二人暮らし。農業を営んでいた父は、伴侶、田畑を奪われたことで、働く気力を無くしており、パチンコに浸る毎日。そんな中、彼女には、秘密があった。週末に東京へ出向き、デリヘル嬢として働いていたのだ…
主人公、その父親、そして周りの人々…そのほとんどすべての人が希望を無くしている。そして、もがくことも出来ないまま、日々をやり過ごしている。これが真実の福島を描いているとしたら、自分には想像すら出来ない喪失体験なのだと思う。
主人公は市役所の職員であることを考えれば、お金のためにデリヘル嬢をしているわけではないだろう。何故なら、こう考えるからだ。
そもそも性には二面性がある。人の誕生に関わる陽の側面と、究極的な欲望としての陰の面だ。だが、そのどちらもが生きることそのものだ。彼女は陰の側面に深く関わることで、生を取り戻そうとしたのではないか。
その証左として、主人公にデリヘルを斡旋する男性(高良健吾)が出てくるが、彼は強く生きている。性を斡旋するという陰の中で生きながらも、最後には、デリヘルから足を洗い、父親になっていく。生と性の陰と陽に力強く対峙している。そんな彼の姿が、彼女を最も立ち直らせているようにみえるのだ。
自然も恵みをくれる陽の側面と、災害をもたらす陰の側面がある。自然に対しても、この二面性に対峙する強さが必要なのかもしれない。
最後、多くの人々の所に、守るべき小さきものが現れ、微かな希望を感じさせて終わる。やはり、希望は生の誕生、成長に宿るのかもしれない。
生と性の陰と陽を照らし、生きることは何なのかを考えさせる秀作。
4(生きることの陰と陽)

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