映画「20センチュリー・ウーマン」 インターネットのない世界でも、我々の人生は鼓動していた。

映画観ました。

「20センチュリー・ウーマン」

1979年、15歳の思春期の息子の教育に悩むシングルマザーの主人公。近所に住む息子の幼なじみの女の子と、貸し出している自宅の部屋に住む同居人の若い女性に息子の教育を頼むが…
教育係の女子たちは、ステレオタイプではなく、ある意味破茶滅茶で、性に関しても開放的。そんな女子たちから受ける、女性視点の考えを中心として、少年は男女、人間、人生について学んでいく。
登場人物は、ある意味、全員、破茶滅茶である。長期的な視野もなく、今を感じて、生きている。ただ、何か、映画全体に、生が満ち満ちている。結局、人は死に、死ぬまで人生の何たるかなんて分かろうはずもないといった諦観が映画の根底に流れ、それが逆説的に、人々の生を際立たせている。
何か結論があるわけではない。また、ただの子育ての話でもない。20世紀のあの時期、インターネットもエイズもない世界で、確かに彼ら、我々の人生は鼓動していたと感じさせてくれる作品。
勝手な評価:⭐️⭐️⭐️⭐️(20世紀へのオマージュ)

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