映画「22年目の告白−私が殺人犯です」エンターテイメントとしても秀逸だが、実は法律の限界を示唆しているのか!?

映画観ました。

「22年目の告白−私が殺人犯です」

1995年に発生した猟奇的連続殺人事件。結局、犯人を捕まえることが出来ないまま、2010年に時効を迎えてしまう。誰もが事件を忘れかけた7年後の2017年、犯人と名乗る人物が、告白本を引っさげ、メディアに登場する。前代未聞の告白劇が、社会に様々な反響を与えていく。犯人の告白の目的は何なのか…
非常によく考えられたストーリーと、テンポの良い脚本で、ハラハラ、ドキドキの2時間。犯人が殺人を行なった動機がちょっと納得しにくいものの、設定とストーリーはかなり秀逸だと思う。
エンターテイメントとしても楽しめるが、実はこの話、大きな社会問題を照らし出している。時効という制度を利用すれば、連続殺人犯でも、陽の光を浴びて生きられてしまう。ある意味、法律の抜け道、あるいは限界である。こういう事例は他のケースでも意外に多いのでは。飲酒事故、レイプなどの罰則は被害者からしたら、軽いのでは。結局、法律は誰かに不満を残す。その究極の形態が、今回の物語の設定である。そういう場合、人はどうすべきなのか。考えさせられる結末で、本作は締めくくられている。
「目には目を」のハムラビ法典は、もしかしてバランスの良い法律だったのかもしれない。
勝手な評価:⭐️⭐️⭐️⭐️(法律の限界を照らしている?)

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