映画「パトリオット・デイ」 テロに市民はどう対峙したのか?ボストンマラソンを襲ったテロを基にしたストーリー。

映画観ました。

「パトリオット・デイ」

2013年、アメリカ・ボストンで起きたボストン・マラソンを狙ったテロに基づいた話。ボストンの警察、FBI、市民たちが協力して犯人を捕まえた100時間あまりが描かれる。
こういう話は一般的に片方の視点で描かれ、何らかの政治的意図を感じてしまうのだが、それ程偏った印象はない。事実として感じるのは、テロに屈しない市民の強さと、テロによってむしろ強化された市民の紐帯である。これはテロをする側の誤算かもしれない。市民が良識を持っている場合、恐怖、強制で人々を支配するのは、かなり困難である。国と国、宗教と宗教のような観念のレベルの争いに、自身の生活を中心に考える市民を巻き込んでも、大きな変化は起きない気もする。テロは、ランダムに起きる自然災害のような感覚になってしまうのでは。自然災害に対して、人はそれを防ごうとはするが、それ自体を憎むことはない。むしろ、立ち直ろうする。
一方、テロをする側は全く異なる情報と、考えを持っていることも映画ではさりげなく描かれる。今回の場合、明らかに間違った情報で洗脳されている。間違った情報を与えられた末の行動であるならば、何のための、誰のためのテロなのか。テロを実行する人も、観念という見えない何かに、いいように使われている、ある種の被害者なのかもしれない。
宗教対立の状態の中、両方の宗教の人々が、いっしょの食卓で食事をするツアーしたら、皆仲良くなったという事実が、TEDトークで語られていた。どちらの側も観念のレベルではなく、市民のレベルに降りていけば、紛争は終わるのかもしれない。
映画自体の作りは良く、緊迫感を持って観賞できる。
勝手な評価:⭐️⭐️⭐️⭐️(テロの現実を知る)